東大生のツラツラ

東大の授業の様子や自分が普段考えたことをツラツラと綴っていきます。読者登録やコメント等とても喜びます笑

プチプチをつぶしながらおっぱいを考える

荷物を梱包するあれ。

 

プチプチ。

 

幼い頃お世話になった人も多いのではなかろうか。

 

あの丸を潰す快感。

 

なんで快感なのかよくわからないけど、あの快感を再現するようなおもちゃもあった。

 

んでいま、たまたま荷物の中にあったぷちぷちと再会した。

 

久しぶりに潰していく。

 

ガチで気持ちいいww

 

これは幼いからじゃなくて、人間に埋め込まれた本能なのかしら。

 

そう思わずにはいられない、一応僕も歳をとったから。

 

ただ、僕はこれを潰しながらある仮説を考え出した。

 

『プチプチがなぜ気持ちいいのか。』

 

まず、空気が入った丸を探す。

 

これを本プチと呼ぶ。

 

逆に潰した後の用済みを済プチと呼ぼう。

 

最初はもちろん本プチしかないわけだから、潰すたびに快感を得られる。

 

しかし、ほとんどを潰し終わった後が問題だ。

 

数ある済プチをかき分けて、手探りで本プチにたどり着いた時、そこがまず第一の快感ポイントである。

 

そして潰すために、その本プチに力を入れて始める。

 

親指と人差し指に力を込める。

 

潰さないで!と本プチは反発。

 

その間、本プチが微かに横に膨らむ。

 

些細な抵抗も虚しく、『プチッ』という音を立てながら本プチは済プチへと変化する。

 

この、少し力を入れて弾ける過程、弾ける瞬間に私たちは快感を覚えるのだ。

 

これ『おっぱい』と同義である。

 

『おっぱい』という言葉を考えて欲しい。

 

『お』という母音で離陸するその言葉は、最初母親の温かさを思い出させる。

 

母の偉大さが『お』につまっている。

 

しかし、温かさだけではない。

 

同時に私たちはその『お』に母親の怖さを見出すのだ。

 

そんな不安と同時に出発した『おっぱい』、次に待ち構えるのは『っ』である。

 

ここでなんと、一旦溜めるのだ。。。

 

そう、まるで本プチを押してすぐには潰れず、ささやかな抵抗をするかのように。

 

そして、次の瞬間、『ぱ』で一気に弾ける。

 

ぱぴぷぺぽのパ行で弾けるというイメージがあるのは僕だけではなかろう。

 

そう、この『ぱ』は本プチが済プチに変わる瞬間なのだ。

 

そして最後、この旅の締めくくりはやはり、母を思い出させる母音の『い』。

 

なんとも言えない安心感と共に、僕たちは『おっぱい』と今日も発声を終えるのであった。

 

プチプチをつぶしながらふと思ったことでした。

 

プチプチ。